日本M&Aセンターは『買い手の視点からみた 中小企業M&AマニュアルQ&A〈第3版〉』を2025年7月11日に発売しました。2019年に刊行された同著の第3版で、第2版から大きく内容を変更し、中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」とM&A支援機関協会の「業界自主規制ルール」に対応しているほか、不適切な買い手問題を踏まえた最新の実務もフォローしています。編著者である執行役員法務部長の横井 伸さんに、発刊の経緯や特徴について話を聞きました。
―今回、第3版を刊行するに至った経緯を教えてください。
本書は2019年に初版を刊行して以来、ご好評をいただき、買い手のM&A担当者や弁護士、公認会計士をはじめとする実務家の方々に活用いただいています。2021年には法改正などの実務動向に合わせて第2版を刊行しましたが、ここ3〜4年で業界の状況はさらに大きく変化し、最新の情報を求める声が高まりました。そこで、全体の約70%を改訂し、第3版を刊行することになりました。出版社のご担当の方からも言われたのですが、これほどの大改訂だと、普通は「改訂」とはいわずに新著になるそうです。それだけ、業界の状況がここ数年で大きく変わったということだと思います。
―具体的にどのような点を改訂されたのでしょうか。
第一に、中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」とM&A支援機関協会の「業界自主規制ルール」に対応しています。また、プラットフォーマーの活用や中小M&Aファイナンス、中小M&A保険、企業評価といった業界の新しいトピックスを幅広く扱っています。このように、最新の業界ルールに対応していることが大きな特徴です。現在は、買い手視点でもさまざまな業界ルールを理解しておかないと円滑なM&Aを実行できない時代になっています。加えて、最近ニュースで取り上げられている不適切な買い手問題についても言及しています。
―「不適切な買い手問題」を買い手向けの書籍で扱う狙いは何ですか?
不適切な買い手の問題は、売り手にとっての大きなリスクですが、実は買い手にとっても重要なリスクです。現在、買い手も従来とは異なる新たなリスクに直面しています。真面目にM&Aを実施している買い手であっても、業界の最新ルールを理解していなかったばかりに、不適切な買い手と認定されるリスクがあります。
―過去にM&Aを実施した企業もM&Aに関する知識をアップデートし対応していかなければ、知らず知らずのうちに不適切な買い手とされてしまうのでしょうか。
その通りです。今の時代、過去のやり方を踏襲するだけでは、M&Aを成功させることはできません。たとえば、後払いスキームは以前はよく耳にしましたが、現在では注意深く制度設計しないと不適切な買い手と見なされてしまうリスクがあります。さらに、経営者保証の一定期間の未解除や金融機関への相談未実施は、特定事業者リストを通じて業界内での情報共有の対象となる可能性があります。
―そのほか、第3版の特徴は何ですか?
日本M&Aセンターの産学官連携の成果が最大限に取り入れられている点が挙げられます。近年、アカデミアにおけるM&A研究が大幅に進化しました。日本M&Aセンターは2022年に神戸大学大学院経営学研究科と連携し、中小M&A研究教育センター(MAREC)を設立し、データを開放して研究に協力してきました。他にも京都大学経営管理大学院や一橋大学大学院法学研究科と連携しています。今年4月には、研究者が主体となってM&A研究学会も立ち上げられました。
そのため、本書では東京大学の忽那憲治教授に監修を依頼し、神戸大学大学院経営学研究科のM&A研究者にも著者として参加していただき、実務に関係する分析結果を紹介しています。ありがたいことに、神戸大学や一橋大学のウェブサイトでも、本書のリリースを出していただいております。また、「神大人の本」でも紹介されています。大学からも大きくとりあげられているM&A実務書というのはめずらしいと思います。
―最後に読者へのメッセージをお願いします。
M&Aに関する書籍は多く存在しますが、ナレッジを紹介するものがほとんどです。しかし、これからの時代ではナレッジとルールの両方をカバーしなければ、円滑なM&Aの実行は難しいと思います。ぜひ本書をお読みいただき、適正なM&Aを実施し、PMIを成功させ、譲り受けた会社を発展させてシナジーを発揮していただければと思います。中小企業M&Aの安心・安全な実務の定着に、本書が少しでも貢献できれば幸いです。
M&Aマガジンより転載 知らぬ間に「不適切な行動」をとらないために【著者インタビュー】執行役員法務部長・横井伸さん