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「片道切符」で飛び込んだ海外。4年間の挑戦と成長・黒沢 健吾さん

「片道切符」で飛び込んだ海外。4年間の挑戦と成長・黒沢 健吾さん

日本M&Aセンターで2022年度上半期営業MVPを受賞後、自ら希望して海外赴任の道を選んだシンガポール現地法人 黒沢 健吾さん。ベトナム赴任を経て、現在はシンガポールで活躍しています。言葉や文化の壁、日本での成功体験が通用しない現実、そして家族を伴う海外移住のプレッシャー。4年間の挑戦を通じて得た学びと成長について聞きました。

※所属・肩書等は取材当時。

「世界中どこでも戦えるビジネスパーソン」になるために

― 2022年度上半期MVPを受賞後に海外赴任し、4年経った今の心境を教えてください。

目標に掲げていた「世界中どこでも戦えるビジネスパーソン」に近づけていると思います。日本と海外で40件超のM&A案件に携わる中で、コミュニケーションに対する自信も少しずつついてきました。

海外でM&Aに携わってみて感じるのは、国が違っても、M&Aコンサルタントとしてのあるべき姿や本質は変わらないということです。相手の考えを理解し、お互いの意見を調整しながら合意形成をしていく。この仲介者としてのスキルは、どこの国でも通用する普遍的なものだと感じています。

― 海外赴任後に苦労したことは何でしたか。

一番苦労したのは、やはり言葉の壁でした。日本では自然にできていた提案やコミュニケーションが思うようにいかず、伝えたいことがうまく伝わらない。相手の考えも十分に理解できない。そんな場面を数多く経験しました。

そこでベトナム赴任当初は、日本M&Aセンターの会社紹介を英語で話せるようになるところからスタートし、お客様との面談、プレゼンと、一つずつステップアップしていきました。語学力を身に着けるには、「打席に立つこと」が重要でした。実際にお客様と話し、プレゼンを繰り返しながら、失敗を重ねて覚えていきました。よく、東南アジア特有の発音の聞き取りに苦労される方が多いと聞きますが、私にはもともと英語のバックグラウンドがなかったので、素直に受け入れられたことは逆によかったのかもしれません。

また、海外で働く中で改めて気づいたのは、伝え方は言葉だけではないということです。事前にしっかりと資料を準備したり、図を使って説明したり、工夫次第で伝える方法はいくらでもあります。相手を理解しようとする姿勢があれば、多くの壁は乗り越えられると感じています。

― 海外赴任のプレッシャーはありましたか。

今でも鮮明に覚えているのが、成田空港でホーチミン行きの案内板を見た瞬間です。当時、会社からは半ば冗談交じりに「片道切符だぞ」と言われていました。もし現地で結果を出せなければどうなるのか。正直ものすごいプレッシャーでした。

家族も一緒に移住したので、子どもたちはまだ小さく、大きな環境の変化だったと思います。家族を路頭に迷わせるわけにはいかない、異国の地についてきてくれた家族の期待に応えたいという思いが仕事への大きな原動力になっています。今では、きょうだい同士は英語で会話をしていて、順応力の高さには驚かされます。子どもたちの海外での成長を見るのも楽しみの一つになっています。

「本当にこの国で自分は価値を出せるのだろうか」という不安

―海外で「やっていける」と思えたのはいつでしたか。

赴任後の初成約のタイミングです。1年半ほどかかりました。
最初の頃は既存案件のサポートに入りながら、その国の法律や会計ルール、税務、商習慣を学ぶ毎日でした。日本で一定の成果を出してきた自負はありましたが、「本当にこの国で自分は価値を出せるのだろうか」という不安は常にありました。だからこそ、自分が主体となって成約できた時は本当に嬉しくて「ようやくこの国で役に立てた」という気持ちになりました。

ただ、そこでプレッシャーが消えたわけではありませんでした。M&Aコンサルタントは常にお客様へのアプローチが必要な仕事です。立ち止まっても不安は解消されないので、不安な時ほど、お客様に会う回数を増やす。いつもより丁寧に行動することを大切にしてきました。

―現在、シンガポール現地法人でどのような役割を担っていますか。

ベトナムからシンガポールに移り、1年ほどが経ちました。M&Aコンサルタントとして案件に携わるのと並行して、シンガポール現地法人の現地スタッフのマネジメントも担っています。非常に優秀なメンバーが揃っていて、一緒にチームをつくっていく面白さを感じています。

シンガポール現地法人のメンバー

自分の考えを押し付けても組織は変わらない

― 海外で働く中で大事にしていることは何ですか。

まずは、相手がなぜそう考えているのかを理解することです。文化や価値観が違う中で、「自分が正しい」だけでは何も進みません。まず相手の背景を理解する。その上で自分の考えをしっかり伝える。お互いの意見を出し合うことで、初めてギャップを埋められると思っています。

ベトナムに赴任したばかりの頃は、正直に言うと「日本のやり方の方が良い」と思っていました。しかし良かれと思って提案しても現地では受け入れてもらえず、自分の考えを押し付けても組織は変わらないことを痛感しました。まずは相手を理解することが必要で、海外に出てから人に対して以前より寛容になったと思います。

もう一つは率先垂範です。自分が最後までやり切る姿を見せることを意識しています。

昨年担当した案件では、契約締結前日の昼になっても契約内容がまとまっていませんでした。普通であれば延期になってもおかしくない状況でしたが、それでも現地スタッフに「最後の一秒まで諦めずにやろう」と声を掛け、夜遅くまで交渉を続けた結果、無事に契約締結までたどり着くことができました。シンガポールのスタッフからすると、私は少しうるさい存在かもしれません(笑)。それでも、日本で学んだスピード感や最後までやり切る姿勢はこれからも大切にし、組織に還元していきたいと思っています。

―海外でのご自身の変化や印象的な出来事はありますか。

日本にいたときと比べて、お客様との距離感が大きく変わりました。私は「外国人」の立場ですから、すぐに本音を話してもらえるわけではありません。日本ではここまでお客様の懐へ飛び込んでいくタイプではなかったと思います。

実際にベトナムのとある案件では、仕事の話だけでなく食事をご一緒したり、相手の価値観や人生観を聞いたりしながら関係を築いていきました。そうした積み重ねの中で信頼関係が生まれ、お客様が私の誕生日にサプライズパーティーを開いてくださったんです。オーナーだけでなくお客様の会社の社員の皆さんも集まってくださって、本当に驚きました。海外赴任当初は、「外国人の自分が受け入れてもらえるのだろうか」という不安もありました。だからこそ、あの時は本当に嬉しかったですね。仕事を通じて相手を理解しようとすることの大切さを改めて実感した出来事でした。

目標を公言することで挑戦する気持ちを前進させる

― シンガポールでの生活はいかがですか?

シンガポールは本当に住みやすい街です。街がきれいですし、どこへ行くにも1時間以内で移動できます。休日は家族で動物園へ行くことも多いですね。子どもが動物好きなので、年間パスポートも持っています。

ベトナム駐在時に始めたピックルボールは、もともとお客様から誘われたのがきっかけでした。東南アジアではとても人気があって、日本でいうゴルフのような感覚かもしれません。商談が終わった後にそのままコートへ向かうこともありますし、お客様と2時間以上プレーしていたこともありました(笑)。

また、幼少期から和太鼓を続けていて、先日の海外進出10周年記念イベントでは、現地の和太鼓団体の皆さんと一緒にパフォーマンスをする機会にも恵まれました。

海外事業10周年記念イベントでのパフォーマンス

― 最後に、これから挑戦したい人へメッセージをお願いします。

挑戦したい気持ちがあるなら、ぜひ一歩踏み出してみてほしいと思います。私自身、「MVP獲得」や「海外赴任」という目標を周囲に公言してきました。言葉にすることで責任が生まれますし、自分を前に進ませる力にもなります。

同じ環境にいれば、来年も安定して成果を出せるかもしれません。でも、長いキャリアを考えたときに、「本当にこのままで良いのだろうか」という不安もありました。私にとってはその不安こそが海外挑戦の原動力だったと思います。

挑戦しない理由はいくらでも見つかります。一方で、挑戦した先には必ず学びがあります。たとえ思い通りの結果にならなかったとしても、挑戦する前の自分より成長できているはずです。少しでも「やってみたい」という気持ちがあるなら、その気持ちを大切にしてほしいですね。


【プロフィール】

日本M&Aセンター シンガポール現地法人
黒沢 健吾(くろさわ・けんご)
1988年生まれ。埼玉県出身。
野村證券を経て2016年7月に日本M&Aセンターに入社。
地域金融機関や会計事務所と協業する部署を経て、2022年10月より海外事業部に異動。日本M&Aセンターベトナム現地法人を経て、現在はシンガポール現地法人にて日本とシンガポールをつなぐM&Aを支援。
趣味は温泉とピックルボール。特技は和太鼓とスキー。2022年度上半期MVP。